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東京高等裁判所 昭和40年(ラ)345号 決定 1965年10月11日

抗告人 近藤喜代次

訴訟代理人 内田正巳 外一名

相手方 犬童眸

主文

原決定を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差戻す。

理由

本件再抗告の理由は別紙記載のとおりである。

ところで、記録によると、抗告人が相手方を被申立人として本件訴訟引受の申立をした渋谷簡易裁判所昭和三九年(ハ)第二三三号請求異議事件の訴の要旨は、松永七五三太と抗告人間の渋谷簡易裁判所昭和三四年(イ)第二〇七号家屋明渡和解事件について同年一〇月九日、抗告人は松永七五三太所有の本件建物を不法占有中であることを認め昭和三四年一一月一五日限りこれを同人に明渡す等の旨の和解が成立したが、その後松永七五三太は訴外藤井忠彦に本件建物を売渡し、同人は更にこれを抗告人に売渡したので、松永七五三太は既に無権利者であるから、同人を被告として右和解調書に基く執行不許の裁判を求めるというのであり、本件訴訟引受申立の要旨は、相手方は本件訴訟提起後である昭和三九年六月一三日右和解調書につき承継執行文の付与を受けたから相手方に対して訴訟の引受を命ずる旨の裁判を求めるというのである。これに対し、原決定は、松永七五三太は本件建物を藤井忠三に売渡し、相手方は昭和三九年五月四日本件建物を藤井忠三から買受け、同月一九日松永七五三太から中間省略による所有権移転登記を受けたとの事実を認定した上、相手方は本件建物の所有権と共に抗告人に対する明渡請求権をも譲受けたものであり、所有権移転の対抗要件をそなえることによつて右明渡請求権を抗告人に対抗し得ることとなつたのであるから、訴訟の目的たる債務の承継も、承継執行文付与の有無にかかわりなく、そのときに生じたのであつて、本件訴訟はその後である昭和三九年五月二六日に提起されたものであるから、本件訴訟引受申立は失当であるとして、これを却下した第一審裁判に対する抗告人の抗告を棄却したものである。

しかし、請求異議の訴は債務名義が存する場合に、実体上の理由により債務名義に表示された請求権が存しないことを主張して形式上存する債務名義の執行力の排除を求める訴であるから、承継執行文の付与がない限り債務名義に債権者として表示された者を被告とし、債権者の地位に承継があつたことを理由とする承継執行文の付与があつたときはその承継人を被告とするのが本則であることはいうまでもないところである。したがつて、債務名義に表示された請求権の譲渡がなされたが承継執行文の付与がなされないうちに、債務名義に表示された債権者を被告として請求異議の訴を提起した後、承継執行文の付与があつたときは、その承継人を被申立人として訴訟引受の申立をすることは当然許されるものと解するのが相当である。もつとも、未だ承継執行文の付与はなされていなくとも、債務名義に表示された請求権が第三者に譲渡されて対抗要件が具備された場合には、その譲受人が何時承継執行文の付与を受けて強制執行をなすかわからないのであるから、債務者としては右譲受人を被告として訴を提起することも許されるものと解すべきであり(昭和七年一一月三〇日大審院判決、民集一一巻二一号二二一六頁参照)、更に、債務名義に表示された債権者を被告として訴を提起した後、右請求権が第三者に譲渡されて対抗要件が具備された場合には、その譲受人が承継執行文の付与を受ける以前でも、原告は訴訟引受の申立をすることができるものと解することができるが、しかし、その故に、請求権の譲渡が行われ対抗要件が具備された後は譲渡人すなわち債務名義に表示された債権者を被告として訴を提起することができないと解したり、また、かかる訴を提起した後譲受人が承継執行文の付与を受けた場合には訴訟引受の申立をすることが許されないと解することはできない。何となれば、債務名義に表示された請求権が第三者に譲渡された後においても承継執行文の付与があるまでは、譲渡人が第三者に対する請求権の譲渡を争い、又はその回復を得て、或いは単に不当に、強制執行をなすおそれがないとはいえないから、債務者がこれに対処するため提起した訴は適法であると解すべきことは当然であり、またその後承継執行文の付与があつて、債務者が右訴をそのまま維持する必要がなくなつたときに、承継人を被告として改めて別訴を提起することを要するものとすることは、債務者に酷であり訴訟経済にも反するからである。(なお、請求異議の訴提起前に請求権の譲渡がなされ対抗要件が具備されたが未だ承継執行文の付与がなされない場合には、債務者は訴を提起するにあたり、譲渡人を被告とすることもできれば、譲受人を被告とすることもでき、更に両者を共同被告とすることもできるものと解する。)

なお、請求異議の訴においては、債務名義に債権者として表示された者とその承継人とでは、これに対する異議の理由が共通である場合もあれば異る場合もあり、本件訴訟の異議の理由は、被告である松永七五三太は既に本件建物の所有者ではなくなつたとの主張に基くものであるから、抗告人はこれをそのまま相手方に対する異議の理由となし得るとは考えられないのであるが、一般に訴訟引受があつた場合被告と訴訟引受人とについて請求原因がすべて同一であるとは限らないのであるし、民事訴訟法第二三二条に反しない限り異議の理由の追加変更が許されるものと解すべきであるから、松永七五三太に対する異議の理由が相手方に対する異議の理由とならないことをもつて、本件訴訟引受の申立を排斥する理由とすることもできない。

してみれば、本件訴訟引受の申立は、抗告人主張のとおり、訴提起後に承継執行文の付与がなされたものとすれば、その一事によつて許さるべきものと認むべきであるにも拘らず、原審はその点に触れることなく、相手方は抗告人が本件訴訟を提起する以前に本件債務名義に表示された請求権を譲受け対抗要件を具備したとの理由によつて本件訴訟引受の申立は失当であるとしたのであるから、原決定には決定に影響を及ぼすべき法令の解釈適用の誤があるものといわなければならない。

よつて本件再抗告は理由があるから、民事訴訟法第四一四条第四一三条第四〇七条に則り、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 牛山要 裁判官 福島逸雄 裁判官 今村三郎)

再抗告理由

一、原審判決は請求異議訴訟の性質並に和解調書の承継に対し法律の解釈を誤り判決に影響ある法令解釈違反がある。

抗告人の攻撃し執行不許を求める請求異議訴訟の目的はあく迄和解調書である。其の相手方は調書の名義人である。其の和解調書は建物に対して作成されたことも事実である、但し建物に附随した従たる権利ではない建物が移転されて当然移転されるとは限らない建物所有権移転登記は一応しても現在建物取引は引渡しが最重要である。

実情は建物の売買は登記して建物引渡しの際金円を支払うが通常である。

売主は売主名による明渡しの執行をして明渡して引渡す場合も考えられる、犬童が和解調書を建物所有と共に引渡されたとしても抗告人に対抗出来るのは承継執行文を附与されてからである。

二、本件の如き若し建物に権利の移転と該和解調書が承継されるとしたら藤井忠彦が訴訟の被告となるべきである。

本件和解調書の如き既に昭和三九年九月中に抗告人の昭和三九年八月二二日金弐百万円を藤井忠彦に支払い、九月中に金参百万円を提供して抗告人の所有となり混同により消滅しているのである。只抗告人としては和解調書の債権者名義が松永七五三太にある為に同人の名義人を相手方として若し承継あらば順次承継人に訴訟を引受けしむればよいのである。

三、此の論理は債権譲渡と通知承諾の法理を類推すれば、尤も諒解するであろう。

甲より乙に債権は譲つた、債権証書も引渡された。然し債務者は通知ある迄は甲を相手とする外無い。原審の言うように或は不動産の登記と共に和解調書も引渡されたかも知れない。然し債務者より見れば、或は藤井忠彦の手許にあつて引渡さないかもしれない。忠彦に於て松永七五三太の名で明渡しの執行をして登記後に空家として明渡しを為すことも出来る。彼此考えると何としても和解調書に対し当時の名義人を被告とする外無い、又それが請求異議事件の本質である。若し早まつて犬童に対し請求異議訴訟を為したとすると松永七五三太で執行して来るは訴訟作戦上必定である。請求異議訴訟に於ては和解調書の債権者名義人を相手とするが常道で承継人に対してから引受けしむればよい。

四、仮りに建物所有権移転登記の際既に和解調書上の権利が犬童に移転していたとしても訴提起中に承継執行文を附与された犬童は訴訟の目的物の抗告人に対する承継は承継執行文が附与の際承継の対抗が出来其の前は対抗出来ないではないか。

然らば抗告人に対する関係に於ては承継執行文附与を受けた日が抗告人に対する承継日である、此の理論根拠を誤つた原決定は法例違反として破棄さるべきである。

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